世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

サイレント・レジスタンス 41 苦渋の決断

サイレント・レジスタンス 41 苦渋の決断

第41話 苦渋の決断

 船橋とレジスタンスの仲間たちは、先ほどの襲撃で粉々になった集会所へ戻った。

 瓦礫は幾重にも積み重なり、所々からまだ細い煙が立ち上っている。

 その前に、大型の装甲バスが停まっていた。

 ここから隣町の屋根付き球場へ向かうらしい。

 僕と平石は、凛々子の目が届かない場所で船橋を呼び止めた。

 そして手話で、さっき相談していたことを伝えた。

 船橋は僕たちの手をしばらく見たあと、気のない素振りで頷いた。

 本当に分かったのかな。

 僕が不安そうにしていると、平石が胸に手を当てた。

〈大丈夫だ〉

 一行がバスへ乗り込む前、船橋は運転手と何か話していた。

 やがて集団の中から凛々子を呼ぶ。

「河口さん。ちょっといいですか」

 船橋は凛々子をバスの横にあるトランクルームへ連れていった。

 そこには大量の3D兵器が積まれていた。

 さっき話していた、新しい武器を選ばせるつもりらしい。

 僕たちは何食わぬ顔でバスへ乗り込んだ。

 平石も乗る。

 他のメンバーも次々と乗車した。

 やがて、車外に残っているのは船橋と凛々子だけになった。

 船橋はスコープ付きのライフル型3D銃を取り出した。

「これなんかどうです?」

 凛々子は銃を受け取った。

「使ったことないわ」

「簡単ですよ。ちょっと構えてみてください」

 凛々子が壊れた建物に銃を向けた。

「そうじゃない。もう少し腰を落として」

 船橋が真面目な顔で指導している。

「銃身がぶれてる。スコープを覗いて、しっかり固定して」

 凛々子は何の疑いもなく、腰を落としてスコープを覗き込んだ。

 その時だった。

 バスのエンジン音が大きくなった。

 船橋がそろりと凛々子から離れる。

 そして突然、猛ダッシュした。

 同時にバスが動き出す。

 ドアはまだ開いていた。

 船橋は必死に走り、ステップへ飛び乗った。

「出して!」

 運転手がアクセルを踏み込む。

 装甲バスは一気に加速した。

 凛々子がスコープから顔を上げた。

 一瞬、何が起きたのか分からないようだった。

 やがて、みるみる遠ざかっていくバスを見て、呆然と立ち尽くした。

 僕は窓に張りついた。

 そして凛々子に向かって、大きく手話した。

〈あなたを連れていけない〉

 凛々子がこちらを見る。

 僕は続けた。

〈タキオ君がいるから〉

 平石も隣で手を振った。

 船橋も手を振る。

 他のメンバーも事情を察したのか、次々と凛々子に別れの手を振った。

 凛々子は何か手話していた。

 怒っているようにも見えた。

 でも、もう読み取れない。

 どんどん小さくなる。

 やがて姿が見えなくなった。

 僕は船橋に頭を下げた。

〈ありがとうございました〉

 船橋はまだ肩で息をしていた。

〈まあ、誰だってそうするさ〉

 照れくさそうに笑う。

〈あんなダッシュしたの、三十年ぶりだよ〉

 それからしばらく、車内では誰も手を動かさなかった。

 僕も窓の外を見た。

 あれで良かった。

 そう思うしかない。

 凛々子にはタキオ君がいる。

 僕たちと一緒に最後まで戦う必要なんてない。

     *

 三十分ほど走り、装甲バスは隣町の屋根付き球場へ到着した。

 広い駐車場は、不気味なほど閑散としていた。

 バスが停車する。

 全員が下車した。

 トランクルームが開かれ、船橋からそれぞれ武器を受け取る。

 球場を見上げる。

 建物の中央付近から、巨大なパラボラアンテナが空へ向かって伸びていた。

 異様な大きさだった。

 船橋が全員に手話した。

〈あれがドローン制御の中継設備だと考えられている〉

 そしてアンテナを指差した。

〈まず、あれを止める〉

 メンバーはチームに分けられた。

 僕と平石は先行する組に入った。

 簡単に役割を確認する。

 お互いに頷いた。

 その直後だった。

 船橋が空を見上げた。

「ドローンだ!」

 続けて、全員に手話した。

〈隠れろ!〉

 巨大な機体がこちらへ近づいてくる。

 これまで見てきた偵察用のドローンとは明らかに違った。

 五倍くらいは大きい。

 平石が指差した。

〈下から何か出てるぞ〉

 機体の下部から細長いものが突き出している。

 次の瞬間、装甲バスの車体が小刻みに震えた。

 側面に次々と穴が開いていく。

 僕は背筋が凍った。

 機銃だ。

〈逃げろ! こいつ、撃ってくるぞ!〉

 僕と平石はバスから離れ、球場の外壁へ走った。

 他のメンバーも一斉に散った。

 球場の周囲には車道があり、その下を歩道が通る立体交差になっている。

 皆、申し合わせたように高架の下へ逃げ込んだ。

 ドローンは上空を旋回している。

 僕は補聴器の音量を上げた。

 低い機械音が、かすかに聞こえてくる。

 平石が尋ねた。

〈聞こえるか?〉

〈音は聞こえる。でも、方向が分からない〉

 平石が上を指差した。

〈あそこ〉

 ドローンは装甲バスの上空でホバリングしていた。

 大きいせいなのか、これまでの機体ほど素早くない。

 僕は平石を見た。

〈撃ち落とせるか?〉

〈もっと近ければ〉

 少し考えた。

〈僕が引きつける〉

 平石が目を見開いた。

〈おい、待て〉

 僕はもう走り出していた。

 ドローンの音が少しでも聞こえるなら、囮になるのは僕の方がいい。

 平石の方が射撃は上手い。

 僕は装甲バスへ向かって走った。

 できるだけ大きく腕を振る。

 こっちだ。

 見ろ。

 カメラが僕を捉えたらしい。

 巨大な機体がこちらへ向きを変えた。

 高度を下げながら迫ってくる。

 心臓が激しく鳴った。

 十分に引きつけたところで、僕は踵を返した。

 高架へ向かって全力で走る。

 背後から飛翔音が近づいてくる。

 さらに別の音が混じった。

 機銃だ。

 まずい。

 撃たれている。

 僕は振り返らずに走った。

 高架の下まであと少し。

 視界の端に平石が見えた。

 コンクリート柱の陰で、3D銃を構えている。

 僕は走りながら手話した。

〈これで撃てるか?〉

 平石が頷く。

 僕はそのまま高架の下へ飛び込んだ。

 ドローンも低空のまま追ってきた。

 巨大な機体が高架下へ入り込む。

 その瞬間。

 平石が飛び出した。

 3D銃が青白く光る。

 ドローンの機体が大きく傾いた。

 だが、落ちない。

 体勢を崩しながらも、まだ飛び続けている。

〈まだだ!〉

 僕が手話した。

 平石がもう一度撃つ。

 それでもドローンは持ちこたえた。

 今度は僕たちへ向き直ろうとしている。

 僕は上を見た。

 道路上に隠れていたレジスタンスのメンバーたちが見える。

〈今だ!〉

 僕は大きく手を振った。

 上にいたメンバーたちが一斉に姿を現した。

 十数丁の3D銃が、同時にドローンへ向けられる。

 青白い光が次々と走った。

 巨大な機体が激しく揺れる。

 火花が散った。

 なおも何発も浴びせる。

 やがてドローンは完全にバランスを失った。

 機体が傾く。

 そのまま路面へ墜落した。

 しばらく煙を上げたあと、動かなくなった。

 平石が拳を突き上げた。

〈やった!〉

 僕も思わず拳を握った。

 周囲のメンバーも、手話で喜びを表した。

 ほんの小さな勝利だった。

 だが、今の僕たちには十分だった。

 船橋がすぐに手を上げる。

 全員の視線が集まった。

〈これで一機だ〉

 船橋は巨大な球場を見上げた。

〈本番は、ここからだ〉

 僕たちも球場を見上げた。

 あの中には、まだ無数のドローンが残っている。

 戦いは、始まったばかりだった。

つづく

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